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第1回わたしの旅ブックス新人賞 受賞作品

死を喰う犬ーラダック 、ヒマラヤの西のはずれの小さな王国
小林みちたか

受賞コメント

数年前に父を亡くしました。葬儀で親族から父の若い頃の話を聞き、私は父についてほとんど何も知らなかったことを知りました。もう父に何かを訊ねることはできないんだとあらためて気づきました。後悔というより、自分に呆れてしまいました。そして娘が生まれた時、自分の人生を書き残しておきたいと強く思い抱くようになりました。

旅は、飽きっぽい私の数少ない趣味で、あとは本と酒くらいです。旅とは、究極の自己満足であり、他人の旅の話と子供の話ほど退屈なものはないかもしれません。本作の私の旅も、人跡未踏の地でもなければ、抱腹絶倒のハプニングも起こりません。多くの旅人が旅した地をなぞっているだけです。けれど、究極の自己満足だからこそ、1つとして同じ旅はなく、また自分にしか意味のないことほど人生において大切なものはないとも思うのです。ラダックは、私にとって今しかできない、今だからこそすべき旅でした。

ある意味で娘に向けて書き残したような私の旅の話が他人様にとって面白いのかどうか。甚だ不安ではありますが、1人でも多くの方に読んでもらえたら、「読んでよかった」と思ってもらえたら、これほど嬉しいことはありません。この度は素晴らしい賞を本当にありがとうございました。

小林みちたか
1976年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。2000年朝日新聞社入社、2004年退社。広告制作会社、国際NGOを経て、フリーランスのコピーライター。6年におよぶ東日本大震災の復興支援活動を綴った『震災ジャンキー』(草思社)で、草思社文芸社W出版賞金賞受賞。愛犬はフレンチブルドッグ(10歳)。

総評

今回の応募総数は208作品でした。初めての試みにも関わらず、多くのご応募をいただき、ありがとうございました。

この賞の募集を始めた頃には、ちょうど新型コロナウイルスが世界中に広がり、海外旅行はもちろん、国内の移動さえままならない状況になってしまいました。奇しくも、そのことが、皆さんがご自身の旅をじっくり振り返り、文章にまとめる機会になったようで、さまざまな個性的な旅を読ませていただくことができました。あらためて、多くの人の心にそれぞれの「わたしの旅」が息づいていること、そして、旅が私たちに与えてくれる力について考えさせられました。

かつてのような自由な旅が思うようにできない状況はまだ続くかもしれませんが、こんな時こそ、「読む旅という愉しみ」をお届けできるよう、「わたしの旅ブックスシリーズ」を刊行していく所存です。