第5回受賞作品

『浜辺の死神』

嘉山直晃

受賞者

嘉山直晃

嘉山直晃

NAOAKI KAYAMA

1985年生まれ。東京都出身。会社員。法政大学キャリアデザイン学部を第1期生として卒業後、フィットネスインストラクターとして運動指導に従事する。現在は会社員として、運動指導者の育成を行いながら執筆を続ける。

著者コメント

 人生というのは、本当に不思議なものです。
 忙しすぎる毎日の中、ふと地下鉄の駅で目に留まった、1枚のポスター。そのポスターが、何ヵ月か後に、うれしい知らせを運んでくるとは、夢にも思っていませんでした。受賞の知らせを受け取った瞬間は、喜びや驚きは全くなく、「こんなこともあるのだなぁ」と、ただぼんやりしながら、メールを開いたり、閉じたりしていました。この作品も、同じように、ふと誰かの目に留まり、その人の人生の一部となることがあるかもしれません。そんなことを思うと、嬉しいような、恥ずかしいような、やはり不思議な気持ちになります。

 私は、小説というものが持つ、慎み深さを愛しています。意思を持って手に取らなければ、何も語りかけてはこず、手を離せば、あっという間にパタリと口を閉ざしてしまい、おまけに語る中身まで、直接意見を述べるのではなく、物語という形に変化した誰かの思いなのです。その慎み深さゆえ、私達は小説の前を素通りしてしまいがちかもしれません。ですが、光と、音があふれかえっている今だからこそ、小説の慎み深さに、ほっとすることもあるのではないでしょうか。この作品が、誰かの小説に手を伸ばすきっかけになれば、こんなに嬉しいことはありません。

 生活の、もっと身近に小説を。

作品概要

 32歳の医師、神恵一が開業した「DR専門医院」は、千葉県ののどかな海辺の町にある。「DR法」は、身体的、精神的な理由により、生き続けていくことがその人の尊厳を傷つけることになると本人が主張し、第三者が認める場合行使することができる「死の権利」。2年前に施行され「衛生健康省」の管理下で運営されている「DR」は、あらゆるところで物議を醸しつつも、その権利を行使したいと恵一のもとを訪れる人は、年を追うごとに増えている。「最期は人のぬくもりを感じる場所で」と喫茶店だった建物を改装して作ったその医院で、恵一は一人ひとりの最期に寄り添い、相手が事切れその身体が冷たくなるまで、繋いだその手を決して放さない。
 「神の領域を犯す愚行」「人殺し」「死神」と非難されながらも、恵一がその仕事を手放さず、役割を全うしようとするのはなぜなのか……。

 「DR」をとりまく人々の心の葛藤、心の通い合いを、抑制のきいた筆運びで描いた意欲作。

最終選考会事務局総評

 第5回目を迎え、応募要項を大幅に改訂し臨んだ今年の「暮らしの小説大賞」。おかげさまで応募作品総数は過去最高の739作品となりました。

「テーマやモチーフは一切不問」としたことも起因してか、「暮らし=衣・食・住」の枠を凌駕・超越した大作が目立ちました。ミステリーあり、ファンタジーあり……それから、まだあまり知られていない職業の実態に迫る「お仕事小説」とも呼べるジャンルのものも数多く見受けられました。このようにバラエティーに富んだテーマやモチーフの一作一作を読み進める作業は、選考事務局にとって、「事務局冥利」に尽きる幸せな時間でした。

 さて、選考会にて慎重な議論を重ねた結果、今回栄えある受賞作として選ばれたのは「浜辺の死神」。

 「DR=死の権利」を行使する人に寄り添う医師を主人公に据えたこの作品は、のどかな海辺での何気ない会話のやりとりからスタートします。取り扱っているのは、死生観を問うような重厚で深淵なテーマながら、ところどころで諧謔に富んだ会話も織り交ぜられており、架空の出来事を想像的に描いた物語(フィクション)特有の「時間を忘れて物語の中に入り込ませてくれる」「今いる空間とは別の場所へ心を連れていってくれる」といった感覚を読み手におぼえさせてくれる作品。主人公の微細な心の動きも丹念に描いており、これこそ受賞作に相応しいと多くの票を集めました。

贈呈式の様子

写真

受賞作品

暮らしの小説大賞 第5回受賞作品

死神の選択

『死神の選択』

嘉山直晃

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